平成ベビーが令和ベビーに!時代を跨いだロング高齢出産体験記

体験談

2人目不妊から気付けば上の子も中学生。

私たち夫婦も40歳を超え、もう諦めようとしていたギリギリのところで奇跡的に第二子を授かりました。

そのお産がなかなか大変だったのですが、記憶がまだ新しいうちに体験記として残しておきたいと思います。

予定日は令和元日の5月1日!

妊娠がわかって、伝えられた予定日がナント記念すべき令和元日の5月1日。

経産婦はお産が早まると聞いていたけど、予定日通り生まれて来てくれたらいいなぁと淡い期待を胸に、妊婦生活が始まりました。

しかし、正産期の1週間前の36週に切迫早産で1週間入院。

絶対安静で、子宮の収縮を抑える点滴をして37週に入るのを待ちました。

このまま点滴を外したと同時に陣痛が起こる人もいれば、一旦家に帰ってまたすぐ戻って来る人もいるということで、いずれにしても予定日よりも早く生まれる可能性が高い状況でした。

平成最後の4月30日早朝に陣痛そして破水

いつ生まれて来てもおかしくない状況から3週間が過ぎ、あと1日で令和という4月30日の早朝、陣痛の間隔が短くなって来たので病院へ電話をして向かいました。

その道中の車の中でチョロチョロと破水をしたような間隔が。

これはもう、午前中には生まれちゃうかなと夫とも話しながら病院へ到着し、分娩衣に着替えて陣痛室へ通されました。

チェックをしたら羊水だったので、やっぱり破水していたようで、すぐに入院の手続きをして一旦病室へ。

平成最後のベビーが一転!

上の子は、ずっと令和に生まれて来て欲しいと望んでいたので、平成最後のベビーになりそうだと聞いてガッカリしてました。

そりゃあ私もどうせなら令和ベビーを生みたいけど、もう陣痛も強くなって来ているし、さすがにあと半日以上はもたないよと言っていたのですが・・・。

まだまだ生まれて来る気配なし・・・

5分〜10分間隔の陣痛がひたすら続き、なかなか間隔が狭まってくれません。

陣痛が来る度に、助産師さんに肛門近辺を抑えてもらって痛みを逃がしていましたが、終わりの見えない痛みに段々心が折れて来ました。

もう、平成生まれでいいから早く生まれて来て〜と心の叫び。

まさかまさか、このまま令和突入なのか・・・?

病室のテレビでは、令和へのカウントダウンが始まってるし、なんだか世間はお祭りムード。

陣痛が5分間隔くらいになって来た23時頃、ようやく陣痛室へ移動しました。

ここまで耐えたけど、ギリギリ平成に生まれて来たら微妙だなと思いつつ・・・。

遂に時代は令和へ突入!

経産婦だし、陣痛室へ入ればすぐに生まれるだろうという予想が見事に外れ、気付けば日付が変わって遂に時代は令和になりました。

もうこれでいつ生まれて来てもいいのに、子宮口がまだまだ開かない!

上の子の時も微弱陣痛で29時間のロング出産だったので、私はそういう体質なのかもしれません。

それでも、2人目だからその半分くらいだろうと言われていたのに、すでに20時間も経過してるし・・・。

陣痛の痛みもMAXに達しているのに、なかなか赤ちゃんが降りて来ない様子。

まさかのお産中断!

日付が変わって2時間ほど経過したところで、医師が登場。

子宮口をチェックすると、赤ちゃんが回旋異常を起こしているとのこと。

しかし、夜中なのでこの時点で帝王切開にするか、促進剤を使用するか判断ができないため、明日の朝に他の医師と相談して決めると言われました。

え、明日の朝?それまでこのまま耐えないといけないの?もう無理だけど?とパニック状態。

もう、このまま帝王切開でいいから出して〜という心の叫びもむなしく、お産を一時中断することに。

一応点滴で子宮の収縮は抑えるとのことでしたが、陣痛が治まるわけではなく、結局夜が明けるまでひたすら陣痛に耐え続けたのです。

陣痛促進剤で遂に令和ベビーとご対面!

もう意識がもうろうとしていた朝7時頃、ようやく主治医の先生が到着。

せっかくここまで来たのだから、帝王切開にするのは勿体ないということで、陣痛促進剤を使うことになりました。

リスクなどの説明を受けてサインをし、いよいよ陣痛促進剤投入開始。

ここからはすぐに生まれて来ると思いきや、まだまだ先は長かった・・・。

ひたすら耐えて、耐えて、耐えて・・・。

陣痛促進剤投与から2時間ほど経過した頃、ようやく分娩体勢に入りました。

陣痛室のベットがそのまま分娩台になるので、移動せずにそのまま分娩へ。

上の子が立ち会いたいと言っていたので、このタイミングで呼ばれたようです。

この時点で私の体力はかなり消耗していたので、もういきむ力が残っておらず・・・。

それでも、ありったけの力を込めて何度もいきみましたが力及ばず。

最終的には、いきむのに合わせて先生がお腹をグイグイと押し始めました。

そして、陣痛開始から32時間。

令和元年5月1日11時12分、3338gの元気な男の子が誕生したのです。

長いお産でしたが、赤ちゃんもよく頑張りました。

対面できた瞬間、思わず「やっと会えたね〜」と言ったのですが、後日娘に「あんな台詞ドラマの中だけだと思ってたけど、本当に言っちゃうんだね。」と言われてしまいました(汗

終わりの見えないお産に、一時はどうなることかと思いましたが、何はともあれ無事に生まれて来てくれて本当に良かった!

高齢出産は産んでからも大変ですが、そのお話はまた後日したいと思います。

コメント

  1. irokara より:

    大変なお産でしたね、お疲れ様でした。
    読んでいて、自分の陣痛の痛みとか思い出しました。
    やっと会えたね、がジーンとしました。

  2. mamabeauty より:

    karafuru (id:irokara) さん
    ありがとうございます^^
    命の危機を感じるほどのお産だったので、顔を見た瞬間思わずやっと会えたねといってしまいました。

  3. akari2424810 より:

    初めまして。
    ドラマのようなお産の体験談(>人<;)
    本当に、本当に、お疲れ様でした(>o<;)
    そんなに長い時間、私はもう耐えられないと思います(~_~;)
    大絶叫の大号泣していると思います…
    本当にすごい…
    お産の体験談は、本当に一人一人違うし、感動の涙が出ます…
    私も3人分、お産体験談を書こうかな…(⌒-⌒; )

  4. mamabeauty より:

    id:akari2424810 さん
    はじめまして!コメントありがとうございます。
    今だからこうして記事にできますが、当時は終わりの見えないお産に本気でもう無理!って思いました(^^;
    人によって超軽い人もいますし、お産って不思議ですね〜。

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